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初めての式を2つ経験してみて




修士論文の提出やら、引越しの家をさがしたりしていましたが、もう少しで24年間育ったこの北海道からでます


なんだか寂しいやら嬉しいやら複雑です





今回のエントリーについては最近参加した結婚式と、お葬式という人生の門出とも言える2つの出来事について書こうと思います。
というのも僕自身、本当に身近な人のものに関わる2つの式に参加したのはこれが初めてでした。




◆結婚式
新郎新婦とのご縁についてはじめに話すと・・・、
新郎はアメリカで2ヶ月一緒に強制労働ともいえるような生活をした友人です。

新婦もそのアメリカにいくプログラム関連で仲良くなりました。


2人とも結婚のケの字もないような人達同士で、結婚すると聞いた時、いつまで続くのだろうかと思わず思ってしまったほどです(すいませんw


僕は新郎新婦の紹介ムービーのお手伝いだけさせていただいたのですが、ちょっとした打ち合わせのメールのやりとりやskypeなどで、

2人のドタバタやら、マリッジブルーなど感じておりました。


大丈夫かな〜?と思ったり、なんともなかったり


ただ結婚式が近づくにつれて、ある時から2人は大丈夫だなと思ったのでした

これはなんでかわかりませんが、結婚式の当日改めて2人を見ると大丈夫だなと確信しました。
これもなんだかわかりませんがw


ただ2人のキャラクターを知っていて、結婚するまでの2人のストーリーも知っていて、結婚式というプロジェクトを通しながら
2人のやりとりを垣間見ていた僕としては、当日の式ではそれはそれは、とてもとても感動しました!


参列してる人や、関わっている人たちの努力を見ながら、多くの人達に支えられながら人間が生きているんだなと改めて思いました


結婚式とかカフェ貸しきってパーティーするだけでいいんじゃない?とかずっと思ってたけど、
きちんと結婚式をひらきたいなーと素直に思える式でした。




◆葬式
東京の結婚式に参列して、札幌に帰ってきたら、母から電話がありました。
小さい頃から可愛がってくれていたおじさんが、
仕事場で倒れて、意識が戻らないとのことで、お医者さんから覚悟しておくようにという連絡が入ったとのことでした。

そのおじさんは、母子家庭でお父さんがいなくて、あまり外出とかレジャーをしなかった僕の家族を釣りとか、キャンプとかに
連れて行ってくれたおじさんでした。

神経質でいろんなことに心配して決められない母とは対照的に、
いいじゃんやってみろよ、がんばれよと言ってくれるような器の大きいと思えるようなおじさんでした。


大学に入ってからはドライフルーツ屋を始めたおじさんのもとで、おばさま型に営業するにーちゃん店員として、軽く手伝ったりしてました。
つい1ヶ月前におじさんのところにお客さんとしてドライフルーツを買いにいったところでした。



ただ母からその連絡をもらったときは、全然実感がなくて、

後日電話でおじさんが亡くなったことを聞いても実感が無かった。


一昨日葬儀場にいったんだけど、棺桶に入ったおじさんを見た時に、
ぶわーっと泣いてしまった。


確かにそこにおじさんはいたんだけど、そこにいたのはおじさんではなかった。

初めてご遺体というものを見て、蝋人形みたいな風貌に驚いた。



人間を人間たらしめるものはなんだろうか?


まぁ血液とか、心音とか言えばそうなのかもだけどね。


ないようで確かに存在する死というものを初めて僕の中で実感した瞬間でした。



でも同時にもう1つ強く感じたことがあって、超久しぶりに小さい時からお世話になっているお母さんの友達とかいろんな人に会えたんだよね。
みんなが皆口をそろえておじさんのことを良い人だといっていたこと。
中には海外から飛んできた人もいたこと。


久しぶりにあった女の子が結婚することになってたこととか、
東京いく前に近況とかを話せたこと。
なんかおじさんの死によって引き会わされたような気がした(別にスピリチュアルな意味ではなくてねw

小さい頃からおじさんに言われたビッグになるよというコトバを胸にがんばろうと思います
おじさんの人生が僕にとってとても意味のあることになれば、おじさんはとても嬉しく思うだろうしね




僕の人生も社会や、誰かにとってそういう人生にしたい

結婚式と言わず生きている間は、感謝を伝えること、感謝で返すこと

そして死んだ時は、たくさんの人に感謝を言って貰えるような、僕が貢献したことに対する感謝を社会やその人の周りの人に引き渡そう!とみんなが感謝の念と意志を持ってもらえるような人生をおくりたいなと思った








なんか取り留めもないけど、文章にしたいなと思っておもむろに書いてみました。